第136回テレビ予選(昭和49年(1974)5・5放送)で366点を獲得し合格。
第11回決戦大会合格・審査員特別賞受賞(同年・8・11放送)
キングレコード 小沢音楽事務所(後に田辺エージェンシー)所属
昭和34年(1959)12・28生まれ 福岡県出身
日出女子高等学校卒
オーディション時、黒い肌・日本人離れしたルックス(今思えばタヒチアン系!?)、
インディアンっぽい個性的なスタイル(髪型と黄色いポンチョ)で登場した
黒木様はかなりインパクトがあり、
絶対合格する!と思っていた人。
そのちょっと前に「
魔法使いサリー」の再放送を観てて、
その中の1話に登場する色黒の外国人の女の子を彷彿させてしまったし。
(追記)
テレビ予選では、山口百恵様の「青い果実」、決戦大会では平田隆夫とセルスターズの「強いほうがいい」(試聴あり)を歌っておられたようだ。
決戦大会の方は、試聴して思い出した!
この情報、浩輔氏よりご教授いただきました。
ただ私にとって、最も輝いて見えたのが"オーディション時"だった方のお一人である・・・
決戦大会の放送では
岩崎宏美様より目が向いていたけど、イメージ崩さずそのままの形でデビューされたので、まるで素人時代から出来上がっていたみたいに「なるほど」と納得し、頑張って欲しいと応援しながらも段々感激薄くなっていった私。
でも、かなり期待の新人だったと思う。
昭和50年(1975)3・25

「
好奇心」でデビュー(
YouTubeで聴けます♪)
黒木真由美EPコレクション出だしは好調で、昭和50年の第1回
日本テレビ歌謡祭では、セカンドシングル

「
感情線」で、ギリギリ新人賞5名に選ばれ、
新宿音楽祭では、銅賞を受賞された。
♪みだれている みだれている 感情線が〜♪【第1回日本テレビ音楽祭新人賞ノミネート】
細川たかし様
岩崎宏美様 片平なぎさ様
JJS様
黒木真由美様
【'75 新宿音楽祭・銅賞】
黒木真由美様
草川祐馬様
豊川誕様
殿ゆたか様 青木美冴様 亜木美子様 ザ・リリーズ様 秋庭豊とアローナイツ様 有砂しのぶ様 チャダ様 ちゃんちゃこ様

デビューから約4ヵ月後くらいに平凡か明星の記事で、当時私が大好きだった
豊川誕様と"フレッシュ対談"されている。
この切抜き、大人になって押入れから見つけた時から大事にファイルしてあるのだ
豊川 「僕たち、デビューが一緒(3月)だろう?キミにはじめて会ったときから忘れられないんだ。そら、フジテレビのオーディションの時さ・・・。」
黒木 「わたしの博多弁?(審査員との会話の) ワハハ・・・(黒木さん大きな声で笑う) 恥ずかしいヮ。」
豊川 「とにかくスゴかった。驚きも大きかったけど、聞いていて圧倒されちゃったんだ。ほんとうに強烈な印象だったよ。」
黒木 「わたし大きな声でネ。」
豊川 「でも、かえってあの飾らない自然さが審査員にウケたんだよ。僕より点が良かったもの。もうだいぶ博多弁のクセ、直ったろ?」
・・・ってな感じで会話が進んでいく。
7分丈のボーダーTシャツ&ジーンズ姿の
黒木様は買い物カゴにフランスパン、オーバーオール姿の
豊川様はギターを持っている。
当時の対談って、ほとんどがいかにも編集部で考えましたっぽい内容だし、この対談も本当は写真だけとか、しゃべってもボソボソポツポツ程度じゃないのかな?と思ってしまうが、当時は
黒木様が羨ましかった私。
その後も

「
神さまお願い」、

「
まわれ風車」をリリース。
5枚目シングル

「
銀のめがね」は、

「
時間だよ!アイドル登場」のゲストで歌われていたのを思い出す。
♪
銀縁のめがね あなたに合わない♪
トレードマークだった、ゆるめに2つ結ったロングヘアからイメージチェンジして、胸上くらいに切り揃えたボブスタイルになってたけど、トレードマークのヘアスタイルを変えてしまったら、
黒木様の個性がもう「色黒」しか残っておらず・・・この頃はもう地味だったなぁ。
せっかくの個性が生かしきれなかった気がして惜しい。
リンリンランラン様とは違った形で、
インディアン系を極めて欲しかった。
posted by いくらどん at 12:12|
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'70年代邦楽
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