「スター誕生」22番目にデビューされた方
松田新太郎様
松田新太郎様
第87回テレビ予選(昭和48年(1973)5・27放送)を経て、第8回決戦大会(同年・9・30放送)に合格。
目黒ひとみ様とは、予選、決戦が一緒だった。
昭和49年(1974)2・1、ポリドールレコードから
(作詞/水木かおる様 作曲/遠藤実様)
デビューコーナーを観ていた私は小学4年生。
新太郎様は、鼻筋が通った古風なハンサムボーイで、真っ白なトックリ(タートル)セーターを着ていた。
そう、当時親戚の本屋からもらった古い平凡(昭和40年代初期物)に載っていた三田明様や永井秀和様などと重なるような古さを感じた。
※永井秀和様・・・「恋人と呼んでみたい」が代表作で、ファンレターが毎日だったか毎週100通届くっていう記事が忘れられない。
お父様も俳優で、彼も後に俳優となられた。
いや、もっと古い時代を感じさせる気もした。
長くスッとした鼻筋は映画全盛期の30年代、時代劇スターのホープとして登場してもよさそうな端正さ。
好みは別として。
毎日、ど根性を身につける為、埼玉県の浦和市にある自宅周辺を30分マラソンしている緑色のジャージ姿の新太郎様の小さな記事。
大事に持っている桜田淳子様の資料の中に見つけた。
この写真を見ると、口元が舟木一夫様みたいだ。
そんな古臭そうな感じでも、清潔な7:3分けのアイビー調ヘアスタイルはフォーリーブスで一番好きだったター坊(青山孝様)の例もあったし、お名前の響きも含めて決して嫌いなタイプではなかったのだが、やはり地味だった。
歌も歌声も全く心に残っていない。
緑川真様の剣道着姿同様だ。
随分経ってからのことだが、私より1学年上の友人とスタ誕の話題で盛り上がった時に新太郎様の話題になったことがある。
「1年早く生まれた分、昔の記憶はより鮮明だ」と豪語していた友人に、「君でいっぱい」ってどんな歌だった?と聞いたら、
♪君は美しい〜 誰よりも美しい〜その目に見つめられると胸がこわれそうだぁ〜♪
と教えてくれた。
何となくそんな感じだったような気もするが、本当にそんな歌だったのか、やはり記憶は甦らなかった。
YouTubeで西郷輝彦様が歌う同タイトル曲を見つけ、聴いてみてこれも違うとは思ったが。
何せその友人は、当時まだ私が聴いたことがなかった野口五郎様のデビュー曲「博多みれん」を、
♪博多の夜は中洲から〜〜♪
と教えてくれた人だ。
後日正しい「博多みれん」を聴いたら、全然違っていた。
友人が教えてくれた歌は、よくよく考えたらメロディは完璧「南国土佐を後にして」のメロディで、実は豪語した手前とっさに作った嘘の即興曲だったと大笑いされた・・・
よって、謎のままの「君でいっぱい」を一度は聴いてみたいものだ。
昭和30年(1955)12・5生まれの新太郎様は当時18歳。
思えば新御三家と同学年。
明大付属中野高校定時制へ通い、「大学に行くつもりだったけど、仕事との両立には自信がないので歌に賭けます!」
・・・たぶん大学に行った方がよかったかもしれない。
所属事務所はサン・ミュージック。
本名は小塚喜昭様というので、「松田新太郎」というのは丸っきしの芸名。
ここで改めて気がついた。
サン・ミュージックといえば、森田(健作様)・桜田(淳子様)・・・「あらっ!」
その繋がりで次に用意された「松田」姓というのは、まずは新太郎様のものだったのだと。
松田聖子様の芸名は「杉田」になっていたかもしれないのか?
「杉田聖子」!?
すると、「スタ誕」出身の同事務所後輩である杉田愛子様は何だ?
「林田愛子」か!?・・・
新太郎様が売れなかったことで「松田」姓は再利用可能になり、「松田聖子」というグッドバランスな芸名が生まれたのかもしれないって。
もちろんサン・ミュージック所属のタレントは「〇田」ばかりじゃないし、「松田」姓に関係なく聖子様は売れる運命だったんだろうけども、
当時福岡で普通の小学6年生だった蒲池法子ちゃんの運命がここと結びつくなんて〜
そういえば、前出の城みちる様記事にはあんなに長文になってしまったにもかかわらず記し忘れていたが、
城みちる様と松田新太郎様が花の中三トリオの男版として「MSコンビ」という名でコンビを組んでいたということをどれくらいの人が認知していたんだろう。
新太郎様がデビューして約1ヶ月後(同年・2・24オンエア)番組内で発表している模様。
デビュー順から名前のイニシャル「みちるのM」と「新太郎のS」とわかるが、なぜ二人がコンビになったのかしら。
城様の前にデビューされたのは緑川真様だし、是非緑川様も仲間に入れて「真(しん)のS」をプラスした「SMSトリオ」としてほしかった。
まぁ、どちらにしろ「S」様達はフェードアウトが早過ぎて存続は不可能、唯一名が残った城みちる様の歴史にもそのコンビ名が残ることはなかったが。
城様がお雛様、新太郎様がお内裏様、花の中三トリオが三人官女に扮した雛壇の写真がここにある。貴重かもしれない。
同年・5・1には、"いっぱいシリーズ"第2弾シングル
(作詞/水木かおる様 作曲/遠藤実様)
♪ここまでおいで くちづけしようよ ここまでおいで ヘイユー ヘイユー ヤケドしても知らないよ♪
(有り難いことに、昔の桜田淳子様関連の収集物の中に歌詞が載っている歌本があった。押入れサマサマ)
とかく夏の歌謡曲はラテン系なものが多くなるので、新太郎様も弾けたかったか、一気にアイドルらしい内容で。
しかし、城みちる様の「真夏の太陽」(♪ウフンフンだの、♪シャラララ ワォだの)に似て♪ヘイユー♪か・・・
恋の遊びをしようって誘った1番の歌詞の次に、2番では「泳ぎくらべをしよう」〜
あんまり危険な感じがしない。
松本伊代様や光GENJI様よりは随分先発の同名異曲で掴みはいいけど、同じ事務所の後輩・太川"ルイルイ"陽介様の時のインパクトにはやはり負けたな。
他の活動の情報としては、桜田淳子様のコンサートの前座や、麻丘めぐみ様の「日劇ワンマンショー」(昭和49年3・30〜4・2 めぐみ様が事故に遭われた時)の舞台に出演されてたようなのだが、その後どうされていたのか、いつ引退されたのかはわからない。
早々に"いっぱいいっぱい"になられたのだろうか。
同窓会に出席された様子もないし、今は堅い職業に就かれていらっしゃるようなイメージを抱く。
50代になられた新太郎様、どんなオジサマなのだろう。
芸能界にいたことを知らない周囲から、「俳優になれそうな男前ね〜」なんてチヤホヤされるおじさんであってほしい。
(たまたま最近、イギリスのW王子の容貌がC皇太子寄りに変化していることにちょっとショックを受けたところなので想像してしまった。)
もしまた大同窓会があったものならば、生の「君でいっぱい」を聴いてみたいものだ。










そりゃ「ハンサムボーイ」なのかもしれませんが、ちょっと当時の基準からしても古すぎ〜、華がなさすぎ〜だと思いました。「MSコンビ」、あったような気がします。逆じゃなくてよかったですね(笑)。私はスタ誕男子にはほとんどハマりませんが、唯一挙手しようと思ったのは渡辺秀吉さん。売れないのはわかるけど、なんかヘンなヒトが多かったから(失礼)普通っぽさで一票。あとスタ誕とは関係ないんですが、やはり同い年だった「君にきめた」直木純さんはカッコイイと思いました(がご存知でしょうか?)。
誰よりも美しい
その眼に見つめられると
息がとまりそうだ
めぐり合えると幸せ
誰にもかなわない
僕は君を君だけを独り占めしたい
いいね君もうなずいてくれるね
演歌風でした
あんまり信用していなかった友人伝授の一部歌詞、「息」と「胸」違いでしたが合っていたんですね〜(^^;)
あとは実際に聴いてみたいという望みだけが残っています。
ポップスとは呼べない感じだったのは間違いなさそうですね(笑)
コメントをいただいて随分時間が経ってからの返信で申し訳ございませんm(><)m
全くブログを止めるつもりもなく細々と更新したいところではありますが、昨年ブログを始めた当初の頃と比べて時間の余裕がなくなりチェックが遅れてしまって失礼いたしました。
まだまだ不定期ながら更新し続ける気持ちでおりますので、またご訪問していただけたらどうかご教授お願いいたします!
ここにたどり着きました。
松田新太郎さんの
大ファンで
LP…今でも大切に持ってます。
LPはなんとセリフ入りでございます。
曲目はすべて
いっぱいとついてます爽やかな笑顔に笑うとこぼれるような真っ白歯♪
当時はせっせとファンレターを書き
お返事も頂きました
年を越して遅い返事で申し訳ございません・・・もしまた訪問してくださり見てくれたらいいのですが;
ただ今ずっと更新ができずストップしたままのマイブログなんですが、決して止めたつもりはなく必ずいつの日からか少しづつでも記事UPするつもりでいます。
自分の青春史みたいなものなので、頑張ります。
今はたまのチェックだけで精一杯ですが・・・
松田新太郎様の大ファンだった方に私のような者の記事を読んでいただいて恐縮いたします。
今でも持っておられるLPはお宝物ですね!
ファンレターを書いてお返事までもらったなんてスゴイ!
私は事務所後輩の太川陽介様にデビュー直後にファンレター書いたけど返事はありませんでした。
もしお近くにママ珍さんがおられたら是非LP拝見させてもらいたいくらいです。
オークションなどに出さずこれからもお大事になさってくださいね。
今日も出かける前に
新太郎様のアルバム
聴いてたんですよ。
このブログの事を
娘達にも話してたとこです。
私こそ
嬉しいです。
松田新太郎様の事が書かれたブログを読ませて頂き
(*^_^*)これからも宜しくお願い致します。